プログラミング

COBOLとは? 企業システムを支え続ける「現役」のプログラミング言語

COBOLとは? 企業システムを支え続ける「現役」のプログラミング言語

COBOL(Common Business Oriented Language)は、半世紀以上にわたり、世界の基幹業務システムを支えてきた高水準プログラミング言語です。その名前の通り「共通のビジネス指向言語」として設計され、特に大規模なデータ処理と高い信頼性が求められる分野で圧倒的な地位を築いてきました。

基本的な定義と概要

1959年に開発されたこの言語は、ビジネスデータ処理に特化した設計となっています。

名前の由来と設計思想

名前の由来は、Common Business Oriented Language(共通のビジネス指向言語)です。設計目的は、特定の機種に依存せず、人間が読みやすく、ビジネスロジックを直感的に記述できることにあります。

主な用途としては、金融機関、保険会社、政府機関などのメインフレーム(大型汎用機)における基幹業務システム(勘定系、契約管理、給与計算など)の構築に使用されます。

2020年時点でも、全世界の銀行取引の約70%がこの言語で処理されているという報告があり、その影響力は計り知れません。

誕生の歴史的背景

開発は、アメリカ国防総省の要請により、1959年に設置された「CODASYL(Conference on Data Systems Languages)」委員会によって進められました。

1959年に最初の仕様が公開され、1960年には最初のコンパイラがリリースされました。1970年代から80年代にかけて、金融や政府機関で利用が本格化し、基幹システムの標準言語となりました。

2002年には2002規格でオブジェクト指向の要素が追加され、近年ではクラウド環境への移行やモダナイゼーション(現代化)が進行しています。

当時の大きな背景として、異なるメーカーのコンピュータ間でプログラムの互換性を持たせたいという強いニーズがありました。この目標を達成したことが、爆発的な普及につながった大きな要因です。

主な機能と特徴

長きにわたり使用され続けているのは、そのユニークな特徴にあります。

読みやすい文法(自己文書化能力)として、文法が英語の文章に非常に近く、「ADD A TO B GIVING C(AとBを足して結果をCに格納する)」のように、非技術者でも処理内容を理解しやすい構造をしています。

優れたデータ処理能力では、バッチ処理(大量データを一括処理)に特化しており、膨大なトランザクション処理を高速かつ正確に行えます。固定小数点演算のサポートが充実しており、金融・会計業務で必須とされる正確な金額計算に適しています。

堅牢性と信頼性においては、一度書かれたコードが数十年にわたり安定して稼働し続ける高い堅牢性と信頼性を持ちます。これが、銀行の勘定系などのミッションクリティカルなシステムで採用され続ける理由です。

常用される業界とシステムの種類

特に安定稼働とデータの一貫性が極めて重要視される業界で常用されています。

金融・保険業界では、銀行の勘定系システム、ATM処理、保険契約管理、証券取引システムに使用されています。

政府・行政機関では、年金・社会保障給付システム、税金徴収システム、公共料金処理に活用されています。

製造業・流通業では、在庫管理、生産管理、販売管理、物流システムに導入されています。

具体的な事例として、米国の社会保障庁(SSA)が約2,200万行のコードを使用していることや、日本の大手銀行の多くが未だに基幹システムに採用していることが挙げられます。

文法と構造の特徴

この言語の文法は、自己文書化の特性を反映した、特徴的な構造を持っています。

基本文法の解説

プログラムは、大きく分けて4つの主要なDIVISION(部)で構成されており、情報の種類と処理内容が明確に分離されています。これは、他のモダンな言語には見られない特有の構造です。

DIVISION、SECTION、PROCEDUREの意味

プログラムは、以下の4つのDIVISIONから成り立っています。

IDENTIFICATION DIVISIONでは、プログラムの名前、作成者、作成日など、プログラムを識別するための情報(メタデータ)を記述します。

ENVIRONMENT DIVISIONでは、プログラムが動作する環境(ハードウェア、入出力ファイルなど)を定義します。特定のプラットフォームへの依存を記述する部分です。

DATA DIVISIONでは、プログラムで扱うデータ構造、つまり変数やファイルの形式を定義します。処理ロジックとデータを完全に分離することが大きな特徴です。

PROCEDURE DIVISIONでは、実際の処理ロジック(手続き)を記述する部分です。ここが他の言語の「本体」にあたり、SECTIONやPARAGRAPH(段落)と呼ばれる単位で処理が構成されます。

変数やデータ型の定義方法

データ定義は、DATA DIVISION内のWORKING-STORAGE SECTIONで行われます。

レベル番号では、データの階層構造を示すために、01から49までの番号を使用します。01が最上位、05や10などがその構成要素を示します。

PICTURE句(PIC句)では、変数(データ項目)のデータ型、桁数、形式を定義します。これが最も特徴的な部分の一つです。

PIC 9(5)は、5桁の数値(数字のみ)を表します。例えば12345のような値です。

PIC X(10)は、10文字の英数字(文字列)を表します。例えば’ABCDEFGHIJ’のような値です。

PIC Z(5)9は、6桁の数値で、左側のゼロを空白にする(ゼロサプレス)形式です。

PIC $$,$$9.99は、通貨記号付きの数値(編集項目)を表します。例えば$1,234.56のような値です。

サンプルコードによる具体的な書き方

以下のサンプルコードは、2つの数値を加算し、結果を出力する簡単なプログラムです。

       IDENTIFICATION DIVISION.
       PROGRAM-ID. HELLO-COBOL.

       DATA DIVISION.
       WORKING-STORAGE SECTION.
       01 WS-NUM-A PIC 9(2) VALUE 10.
       01 WS-NUM-B PIC 9(2) VALUE 20.
       01 WS-RESULT PIC 9(3) VALUE ZERO.

       PROCEDURE DIVISION.
           ADD WS-NUM-A TO WS-NUM-B GIVING WS-RESULT.
           DISPLAY "計算結果: " WS-RESULT.
           STOP RUN.

01 WS-NUM-A PIC 9(2) VALUE 10.では、2桁の数値変数WS-NUM-Aを定義し、初期値10を設定しています。

ADD WS-NUM-A TO WS-NUM-B GIVING WS-RESULT.では、WS-NUM-AとWS-NUM-Bを加算し、結果をWS-RESULTに格納します。

DISPLAYで結果を画面に出力し、STOP RUNでプログラムを終了します。

学習方法とリソース

古い言語と見なされがちですが、その重要性から学習リソースは整備されています。

入門に適した書籍

メインフレームベンダーの入門書として、IBMなど、システムの開発・運用に深く関わる企業の公式ドキュメントや出版物は信頼性が高いです。

技術評論社の入門書シリーズは、日本国内で定番として扱われてきた、体系的に文法と実務を学べる書籍です。

オンライン学習サイトの紹介

近年、重要性が再認識され、オンライン学習環境が整ってきています。

ベンダー系プラットフォームとして、IBM ZやMicro Focusなどの企業が、クラウド上で演習環境を提供していることがあります。

MOOCs(大規模公開オンライン講座)では、特定の大学や教育機関が、レガシーシステム開発やメインフレーム技術の一部として講座を開設している場合があります。

効果的な学習ステップとテーマ

基本文法の理解として、まずはDIVISIONの構造と、PICTURE句を使ったデータ定義を徹底的に理解します。

バッチ処理の習得では、核となるファイル入出力(順ファイル、索引ファイルなど)を使ったバッチ処理プログラムの作成に注力します。

実務テーマの学習では、金融系の勘定計算や伝票処理、製造業の在庫管理など、実際に使われる業務ロジックをシミュレーションして習得します。

独学する際の注意事項

環境構築の難しさとして、メインフレームでの利用が主であるため、一般的なPC環境で実機と同じ開発環境を構築するのが難しい場合があります。まずはオープンソースのコンパイラ(例:GnuCOBOL)などを利用してPCで動かす練習から始めるのが現実的です。

実務経験が重要であり、文法を覚えることよりも、既存のレガシーコードを読み解き、保守・改修する能力が求められます。

メリットとデメリット

未だに企業システムの中心にあるのは、そのメリットがデメリットを上回るためです。

ビジネスにおける信頼性と安定性

高い信頼性として、数十年にわたる稼働実績があり、バグが徹底的に潰されているため、極めて安定しています。

正確な計算では、金融で必須の固定小数点演算により、丸め誤差のない正確な計算が保証されます。

既存資産の活用として、膨大なコード資産(数億行とも言われる)を新しいシステムに簡単に置き換えられないため、保守運用を続ける方がコスト効率が良い場合があります。

今後の需要予測とエンジニアの役割

世界の基幹業務の約90%を支えていると言われており、システムが完全に置き換わるまでには、今後数十年かかると予測されています。

需要としては、このスキルを持つエンジニア、特にレガシーシステムの保守・現代化(モダナイゼーション)を担える人材の需要は極めて高い水準で推移しています。

役割としては、既存システムの延命措置、新しい技術(クラウド、API)との連携を構築する役割が求められます。

習得する理由

高まる希少価値として、熟練エンジニアの高齢化により、新規のエンジニアは希少価値が高く、高い報酬を得られる可能性があります。

基幹業務の核心として、金融など、社会の根幹を成すシステム開発・保守に携わることができるため、業務知識と安定したキャリアを築けます。

廃れたと言われる背景とその反論

背景としては、1990年代以降、JavaやC++などのオブジェクト指向言語が主流となり、「古い言語」「レガシー」と見なされるようになりました。

しかし反論として、「レガシー(過去の遺産)」ではなく、「現役」のシステムを支える言語です。2020年のパンデミック時に米国の州政府がプログラマーを急募した事例は、その重要性を再認識させました。新しい技術との連携やクラウド移行も進んでおり、進化を続けています。

新しい技術との関係

システムは孤立しているわけではなく、最新の技術と積極的に連携が進んでいます。

Javaやクラウドとの比較

得意な処理では、大規模バッチ処理、正確な数値計算、ファイル操作を得意とする一方、JavaやPythonなどはWebアプリケーション、複雑なロジック、分散処理を得意とします。

環境では、メインフレームが多いものの、近年はオープン系・クラウドへ移行している一方、JavaやPythonなどはオープン系、クラウド環境が主流です。

モダナイゼーションでは、既存コードの活用を前提とした現代化が主流である一方、JavaやPythonなどはゼロベースでの新システム構築が多い傾向にあります。

レガシーシステムとの統合方法

既存の資産を活かしつつ、モダンなシステムと連携する手法を「モダナイゼーション」と呼びます。

ラッパー/API化では、プログラムの処理をAPI(Webサービス)として公開し、JavaやPythonで書かれたフロントエンドや他システムから呼び出す方法があります。

リプラットフォームでは、コードを書き換えずに、クラウド環境(AWS Mainframe Modernizationなど)やオープン系のサーバーへ移行する方法があります。

今後注目されるプロジェクト

クラウド移行(AWS/Azure)では、主要なクラウドベンダーがアプリケーションの移行と運用をサポートするサービスを拡充しています。

AI/データ連携では、システムに蓄積された膨大な業務データを、Pythonなどを使ったAI/ビッグデータ解析の基盤として活用するための連携プロジェクトが注目されています。

分野別の活用事例

金融分野では、堅牢なバックエンド処理(元帳管理)を維持しつつ、モバイルアプリやWebフロントエンド(Java/React)とAPIで連携するハイブリッドシステムが導入されています。

行政分野では、古い失業保険給付システムを、コードを維持したまま、迅速な法改正への対応ができるように一部機能をクラウドに移行する事例があります。

よくある質問(FAQ)

学習初心者向けのQ&A

Q: 今から学んでも意味がありますか? A: 大いに意味があります。特に金融や行政の基幹業務に携わりたい場合、このスキルは依然として高い需要があります。モダンな言語と組み合わせて学ぶことで、より市場価値の高いエンジニアになれます。

Q: どんなPCで勉強できますか? A: メインフレーム環境は高価ですが、WindowsやLinuxで動作するGnuCOBOLなどのオープンソースコンパイラを利用すれば、無料で基本文法を学習できます。

保守運用に関するQ&A

Q: システムのメンテナンスコストは高いですか? A: エンジニアの人材不足から、熟練者への報酬が高騰し、結果的に保守コストは高くなりがちです。これが、モダナイゼーションが推進される一因でもあります。

Q: バグが多いですか? A: 稼働期間が長いため、現在稼働しているコードは非常に安定しており、致命的なバグは少ないです。しかし、既存コードが複雑で古い仕様のため、改修時のデバッグは他の言語よりも時間がかかる傾向があります。

エンジニア転職に関するQ&A

Q: エンジニアの求人は多いですか? A: はい、安定的に求人は発生しています。特に金融系SIer(システムインテグレーター)やメーカー系IT企業での基幹システム保守・運用案件で需要が高いです。

Q: このスキルだけで転職できますか? A: 可能です。ただし、コードを読解する能力に加え、業務知識(会計、金融取引など)や、新しい技術(Java、クラウド)との連携スキルがあると、さらに有利になります。

システム開発の流れ

システム開発は、他の大規模システム開発と同様に、非常に厳格なプロセスを踏みます。

システム要件定義の重要性

基幹業務で使われるため、システム要件定義が最も重要なフェーズとなります。

業務知識として、業務担当者と密に連携し、金融の法令や会計処理といった複雑かつ厳格な業務ロジックを正確に把握する必要があります。

信頼性として、わずかなミスも許されないため、要件の網羅性と正確性を徹底的に検証します。

開発の具体的なフローと注意点

設計では、詳細設計書に基づき、データ定義(DATA DIVISION)と処理ロジック(PROCEDURE DIVISION)を厳密に分離して記述します。

コーディングでは、冗長な記述になりがちですが、可読性を高めるためのコーディング規約を厳守します。

テストでは、網羅的なテスト(単体、結合、総合)が必須です。特に、大量データでのバッチ性能テストと計算の正確性テストに時間をかけます。

注意点として、開発の多くは既存システムの改修であるため、変更が他の機能に与える影響(デグレ)を最小限に抑える細心の注意が必要です。

案件実績や成功事例の紹介

銀行システムでは、大手銀行における勘定系システムの安定稼働があります。数十年前に設計されたコードが、毎日数千万件のトランザクションを正確に処理し続ける実績があります。

保険会社では、契約管理・保険料計算システムのモダナイゼーション事例があります。計算ロジックをAPI化し、新しいWebインターフェースと連携させることで、ユーザー体験を向上させつつ、信頼性を維持した事例です。

まとめ

重要性の再確認

単なる古い言語ではありません。それは、世界の金融・行政・企業の基幹業務の安定と信頼性を、半世紀以上にわたって支え続けてきた歴史的な資産です。その堅牢な設計と思想は、現代のシステム開発にも通じる教訓を与えてくれます。

今後の学習方向性

学ぶエンジニアは、単体ではなく、クラウド、Java、Pythonなどのモダンな技術と連携させる「モダナイゼーション」の視点を持つことが不可欠です。既存の資産を活かし、新しい価値を生み出すためのブリッジ役が、これからのエンジニアの役割となります。

業界における位置付け

今後も数十年間にわたり、社会のインフラとしてその価値を維持し続けるでしょう。「廃れる」のではなく、「進化」しながら、IT業界における確固たる地位を保ち続ける「現役の言語」です。